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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)91号 判決 1978年5月31日

原告

モーリス写真工業株式会社

外1名

被告

特許庁長官

上記当事者間の標記事件について次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和52年3月10日同庁昭和46年審判第7078号事件についてした補正却下決定を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の申立

原告らは主文と同旨の判決を求め、被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1. 特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和42年4月11日、名称を「自動光量制御せん光発光装置」とする考案につき、実用新案登録出願をしたが、昭和46年7月2日拒絶査定を受けたので、同年9月10日審判を請求し(特許庁同年審判第7078号事件)、昭和51年11月1日手続補正書をもつて明細書全文を補正した(以下、この補正を「本件補正」という。)ところ、昭和52年3月10日「本件補正を却下する。」との決定があり、その謄本は同年4月13日原告らに送達された。

2. 本願考案の要旨

(1)  出願当初の明細書のもの

クセノン等の稀ガスを充填した放電ランプと、その放電ランプの発光光量を制御する光量制御素子と、前記放電ランプで照射された被写体からの反射光を測光するための直列接続された光電導体並びに積算用コンデンサからなる測光回路と、その測光回路からの信号により前記光量制御素子の制御を行なう制御回路とを備え、前記測光回路の前記光電導体の前面にはフイルム感光度(ASAまたはJIS)に対応して前記光電導体に入射する光を制御しうる入射光制御素子を設けてなる自動光量制御せん光発光装置。

(別紙図面参照)

(2)  本件補正後のもの

クセノン等の稀ガスを充填した放電ランプと、その放電ランプに流れる電流を遮断することにより発光光量を適正に制御する電子スイツチング素子と、前記放電ランプで照射された被写体からの反射光を受光して電気量に変換するための受光素子並びにその受光素子からの電流で充電される積算用コンデンサを備えてその積算用コンデンサの積算電圧が所定値に達した際に信号を発生する測光回路と、その測光回路からの信号により導通する起動用スイツチを備えてその起動用スイツチが導通したことにより発生するパルスで前記電子スイツチング素子を制御する制御回路と、前記測光回路の感度を写真撮影条件に応じて調整し、かつ、その感度をその測光回路が不作動となりうるまで低下させるために前記受光素子の前面に設けられた入射光を制御しうる絞り等の入射光制御素子とをそれぞれ備えてなることを特徴とする自動光量制御せん光発光装置。

3. 本件決定の理由

本件補正後の本願考案の要旨中「かつ、その感度をその測光回路が不作動となりうるまで低下させるために前記受光素子の前面に設けられた入射光を制御しうる絞り等の入射光制御素子を備える」旨の事項は、出願当初の明細書(以下「原明細書」という。)及び図面には記載されていない。そこに記載されている受光素子の前面に設けられた入射光制御素子は、フイルム感光度に対応してだけ受光素子に入射する光量を制御するためのものであつて、測光回路の感度を実質的に零にするためのものではないから、前記補正事項は、原明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものではない。

したがつて、本件補正は、実用新案法第41条、特許法第159条第1項,第53条第1項の規定により却下すべきものとする。

4. 決定の取消事由

決定の指摘する「かつ、その感度をその測光回路が不作動となりうるまで低下させるために」との事項が原明細書及び図面に明示されていないことは認める。しかし、後記のとおり、右事項が原明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものであることは、出願当時の技術常識上自明であるから、これを付加しても要旨変更にはならない。したがつて、決定は違法であつて、取消されるべきである。

(1)  原明細書によれば、本願考案は、受光素子に入射する光を入射光制御素子で制御することによつて、装置の放出光量を変化させるものであることが明らかであるから、当業者であれば、受光素子に入射する光を制限することによつて、測光回路が不作動になるまでその感度を低下させ、それにより、従来装置と同様に放電ランプの全光量を放出させる装置として使用できることは、直ちに理解することができる。そして、このことは、本願の図面からも明らかである。すなわち、別紙図面の第3図には、1ないし3の3本の特性曲線が示され、これらの曲線の媒介変数は入射光制御素子FCの開閉度合になつており、また、起動用スイツチSWを作動させるために必要な電圧レベルの限界を表わす一点鎖線Gが記載されているから、入射光制御素子FCをさらに閉じて、特性曲線が鎖線Gの下側にあるようにすれば、起動用スイツチSWは不作動になり、装置は全光量を放出する状態で使用できることが理解されるのである。

(2)  被告は、絞りの値を無限小にすることは原明細書に何ら示唆されていない旨主張する。しかし、フイルム感光度に応じて測光回路を不作動にすることは、受光素子への入射光を無限小にしなくても十分達成できるのであつて、受光素子への入射光を完全に零にするか、または、測光回路の性能に応じて実質的に零にするかは任意である。

(3)  決定も指摘するように、原明細書には「フイルム感光度に対応して前記光電導体(受光素子)に入射する光を制御しうる入射光制御素子」との記載がある。しからば、本願考案の出願当時いかなる感光度のフイルムが常用されていたであろうか。

当時、一般のユーザによるフイルム感光度の選択範囲は、通常ASA400からASA10まで分布し、標準的には、ASA100のモノ・クローム・フイルムが用いられていた。また、若干特殊になるが、比較的多用されていたポラロイド用(モノ・クローム・フイルムでASA3000)や、ミノツクス用(ASA5)まで含めると、かなり広い範囲にわたることになる。

ところで、自動光量制御せん光発光装置においては、感光度を異にするフイルムを用いる場合、測光回路の感度を変更しなければ対処できない。

今、せん光発光装置の全発光光量をガイド・ナンバ24と仮定して測光回路の感度調節について説明する(ガイド・ナンバが24であるというのは、ASA100のフイルムを用いたとき、(距離)×(カメラの絞り値、すなわちF値)=24となる光量を表わし、それによりせん光発光装置の性能を示すようにしている。したがつて、この場合、もし、被写体とせん光発光装置との距離が3メートルであれば、カメラの絞り値をF8に設定すれば適正な露出が得られることを示すものであり、この露出の道標という意味でガイド・ナンバと称している。)。ガイド・ナンバは、フイルムが変れば当然変化する。その関係を表にすると、次のとおりである。

フイルム感光度(ASA) ガイド・ナンバ

400 48

100 24

25 12

10 7.6

5 5.3

右説明からわかるように、一般のせん光発光装置を用いるときに考慮すべき因子は、フイルム感光度、したがつて、ガイド・ナンバ、距離、カメラの絞り値である。

自動光量制御せん光発光装置では、距離が変わつてもカメラの絞り値を変える必要のない点が最大の利点である。しかしながら、その自動光量制御せん光発光装置であつても、調光できる距離範囲は無限ではない。すなわち、ある絞り値において全光量が放出される範囲内である。そして、その距離範囲はガイド・ナンバの関係からわかるようにフイルム感光度に応じて変化する。今、絞り値をF8に設定すると、フイルム感光度に対応する距離は、次表のとおりである。

フイルム感光度(ASA) 距離(メートル)

400 6

100 3

25 1.5

10 0.95

5 0.66

このように、フイルム感光度に応じて調光可能距離が変化するので、測光回路の感度もそれに対応して変えなければならない。そのようにするには、原明細書に記載してあるように、受光素子の前面に入射光制御素子を配置して、受光素子に入つてくる被写体からの反射光をフイルム感光度に比例して制御すればよい。

ここで、ガイド・ナンバ24で、F値を8に調光する自動光量制御せん光発光装置をASA400からASA10の各フイルムに対処させる場合について考えてみる(なお、F値を8にするように調光することは、測光回路の時定数をそれに対処できるよう調節することになるが、その時定数は広い範囲をカバーできるように選択することは不可能であり、実際の製品では、通常ガイド・ナンバ24、F値8程度に調光できるように設定される。)。

さて、今、ASA400のフイルムを用いたとき、受光素子に到達する光に対して入射光制御素子を作動させずに、ほぼ100%の光を上射させてF8に調光できるように測光回路を設定したとすると、ASA100のフイルムに対応させるには、受光素子に入射する光を25%に減少させなければ適正な調光はなしえず、その時の調光可能距離は3メートルになる。また、この装置をASA10のフイルムに対応させるには、受光素子への入射光を2.5%にしなければならず、この時の調光可能距離は95センチメートルである。

ここで留意しなければならないのは、市販カメラの中には最短撮影距離が1.2メートル程度のものがかなりあり、そのようなカメラでは、F値さえ変えればせん光発光装置の出力に余裕ができるにもかかわらず、ASA10のフイルムを使用しての写真撮影が不可能になることである。

そのような低感度のフイルムを用いて撮影を行なうには、「フイルム感光度に対応して前記光電導体に入射する光を制御し」測光回路を不作動にしなければならない。このことは、原明細書の記載から当然にそうなるのである。

測光回路を不作動にした後は、例えばASA10のフイルムであれば、ガイド・ナンバが7.6であるから、7.6÷距離で与えられる数値に、カメラの絞り値を合せて撮影を行なえば、適正露出が得られる。

以上は何ら特殊な事柄ではなく、当業者であれば、何人も直ちに想到できる程度のことである。

前記したような事態は、低感度フイルムを用いた場合のみならず、高感度のフイルムあるいは通常のフイルムを用いていても、被写体がより遠距離にある場合等においても同様に生じ、その際に測光回路を前記のように不作動にして手動調整で撮影できることも、当業者であれば容易に想到できる。

第3被告の答弁

1. 請求原因1ないし3の事実は認める。

2. 同4の取消事由は争う。決定の判断は正当であつて、これに原告ら主張の違法はない。

(1)  原告ら主張の取消事由(1)について

原明細書に示された「受光素子の前面に設けられた入射光制御素子」は、有限値であるフイルム感光度に対応してだけ受光素子に入射する光量を制御するためのものであるから、有限値であるフイルム感光度に対応して絞りを段階的に所定値に変えるだけである。したがつて、絞りの値も有限値であつて、これを無限小にすることは原明細書に示唆されていない。

(2)  同(2)、(3)について

原明細書及び図面に記載される考案は、自動調光を目的とするものであつて、自動調光と手動調整を加味したものではない。したがつて、原明細書には、自動調光ができない範囲が存在する場合に自動から手動に切換えてせん光発光撮影を行なうという技術思想は示唆されていないし、また、測光回路を不作動にする技術的手段も示唆されていない。

第4証拠関係

原告らは、甲第1号証ないし第15号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を認めた。

理由

1. 請求原因事実中、本願考案につき、出願から決定の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、考案の要旨及び決定の理由は、当事者間に争いがない。

2. 決定の指摘する補正事項中「かつ、その感度をその測光回路が不作動となりうるまで低下させるために」との部分が原明細書及び図面に明示されていないことは、原告らの認めるところである。そして、本件の争点は、結局、本願考案の補正後の要旨に加えられた、入射光制御素子(この素子自体は、原明細書の要旨に存する。)によつて測光回路が不作動となるまでその感度を低下させるという技術が、果して原明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものであるかどうかにある。

(1)  まず、原明細書及び図面について検討するに、成立に争いのない甲第2号証によれば、原明細書及び図面には、本願考案について、大要、次の技術内容が記載されていることが認められる。

(a)  基本の回路構成

電源E(符号は別紙図面に示されるもの。以下同じ。)には、主コンデンサMCとせん光発光用放電ランプL'を並列に接続し、さらに、光電導体PCと積算用コンデンサSCとの直列回路からなる測光回路MLC'を、放電ランプL'のトリガスイツチTSを介して、電圧保持用コンデンサC1と並列に接続し、光電導体PCと積算用コンデンサSCの接続点には起動用スイツチSWと起動用トランスTF2からなる制御回路CC'を接続し、同回路によつて制御されるシリコンシンメトリカルスイツチSSSを放電ランプL'と並列に接続する。

(b)  右回路の作用

主コンデンサMCに十分な電荷が蓄積されている状態でトリガスイツチTSを閉じると、放電ランプL'が点灯すると同時に、トリガスイツチTSを介して電圧保持用コンデンサC1の電圧が測光回路MLC'に印加され、次いで、積算用コンデンサSCに蓄積される電荷が所定値に達すると、起動用スイツチSWが導通して制御回路CC'が作動し、これによりシリコンシンメトリカルスイツチSSSが導通して放電ランプL'は消灯する。この場合には、光電導体PCの抵抗値は被写体からの反射光の強さに応じて変化し、これに伴い、積算用コンデンサSCの電荷の蓄積が制御されるので、起動用スイツチSWが導通するまでの時間、すなわち、シリコンシンメトリカルスイツチSSSが導通して放電ランプL'が消灯するまでの時間が制御され、その結果、放電ランプL'の照射する光量が被写体までの距離及びその明るさに対応して自動的に増減され、したがつてカメラのF値(絞り値)を一定にしたままで適正な撮影をすることができる。

(c)  付加構成及びその作用

上記の基本回路を有する自動光量制御せん光発光装置において、さらに、感光度の異なるフイルムの使用に対応しうるために、光電導体PCの前面に入射光を制御する入射光制御素子FCを設け、使用するフイルムの感光度に対応して光電導体PCに入射する光量を制御する。これによつて、光電導体PCの抵抗値は、右のように制御された入射光量に応じて変化するので、測光回路MLC'の測光開始から起動用スイツチSWの導通までの時間、したがつて、放電ランプLのせん光時間がフイルムの感光度に応じて変化し、その結果、感光度の異なるフイルムを用いる場合にも、カメラのF値を常に一定にして撮影をすることができる。

(2)  次に、成立に争いのない甲第11号証(本件補正の手続補正書)によれば、本件補正後の明細書の考案の詳細な説明の項の末尾に、「また、入射光制御素子により、測光回路の感度を実質的に零にすれば、せん光発光装置は全光量を放出するので、従来のせん光発光装置と同様に使用することが可能である」との記載が加えられているが、それは、本願考案の補正後の要旨における「かつ、その感度をその測光回路が不作動となりうるまで低下させるために……入射光制御素子とをそれぞれ備え」の事項に対応する説明であることが認められる。

ところで、前掲甲第2号証によれば、前掲(a)ないし(c)の構成及び作用を有する自動光量制御せん光発光装置において、光電導体PCの前面に設けられた入射光制御素子FCを制御して光電導体PCへの入射光を減少させると、それにつれて、トリガスイツチTSを閉じてから積算用コンデンサSCの電荷(充電電圧)が起動用スイツチSWを導通させる所定値に達するまでの時間が長くなり、したがつて、放電ランプL'が点灯してから消灯するまでの時間も次第に長くなること、入射光の減少が相当程度以上になると、積算コンデンサSCの電荷が右所定値に達すると同時に、あるいはそれより前に、放電ランプL'の発光が終了するようになるから、このような場合には、測光回路MLC'は、放電ランプL'の発光持続中にこれを消灯するという作用をせず、放電ランプL'がその全光量を放出するものであることが明らかである。

そうすると、本願考案の補正後の要旨における「入射光制御素子によつて測光回路が不作動となるまでその感度を低下させる」技術は、受光素子(光電導体)PCの前面に設けられた入射光制御素子FCによつて、受光素子PCへの入射光を、測光回路MLC'が放電ランプL'の発光持続中にこれを消灯する作用をせず、放電ランプL'がその全光量を放出する程度までに制限することを意味するものと解するのが相当である。

被告は、右技術をもつて、入射光制御素子の絞りの値を無限小にすること、また、自動調光と手動調整を加味したものとする趣旨の主張をしているが、右技術が直ちにそのような事項に結びつくものとはいえないから、右主張は採用することができない。

(3)  本願考案の補正後の要旨に加えられた技術が前段判示のとおりに解される以上、その技術は、原明細書及び図面に示された構成及び作用を有する自動光量制御せん光発光装置に格別新たな構成要素を付加するものではなく、すでに示されている入射光制御素子によつて可能であることはいうまでもない。

また、一般に、被写体までの距離やその明るさ、カメラの絞りの設定値等の撮影条件によつて、フイルム感光度が高いときには放電ランプの全光量の一部を放出させるだけで十分撮影が可能であつても、その感光度が低いときにはその全光量を放出することを要する場合のあることは、カメラ撮影において常識的事柄であるから、前記技術のように、入射光制御素子の制御によつて放電ランプの全光量を放出させることは、フイルム感光度の差異に対応する当然のことということができる。したがつて、その点においても、右技術は、原明細書における、入射光制御素子によつて「フイルム感光度に対応して」入射光を制御する旨の記載(前掲本願考案の当初の要旨)に反するものではない。また、従来、せん光発光装置において放電ランプに全光量を放出させることが普通に行われていることは顕著な事実であることに徴しても、原明細書及び図面に示された自動光量制御せん光発光装置において、そのようなことが前説示のとおり必要であり、かつ、現に可能であるような構成を備えている以上、全光量を放出することをも包含しているものとみて妨げなく、これを全光量の一部だけを放出するものに限定されるとするのは当をえない。

以上のとおりであるから、右技術は、原明細書及び図面に記載された事項の範囲内にあるものというべく、したがつて、これを要旨変更に当るとして本件補正を却下した決定は違法であつて、取消を免れない。

3. よつて、本件補正却下決定の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

<以下省略>

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